難民映画祭を字幕制作で支援ー日本映像翻訳アカデミーのサポートをご紹介します

難民映画祭は、2006年にスタート。これまで世界各地から集めた265作品を上映してきました。日本で難民問題に理解を深めてもらうために重要となるのが、日本語字幕ですが、その制作は協賛企業である日本映像翻訳アカデミー株式会社(JVTA)にプロボノ(職業の専門性に基づく知識や経験などを生かして行う無償の社会貢献活動)でご支援をいただいています。また、国連UNHCR協会もJVTAのオンラインセミナーに登壇し難民問題の現状について解説するなど、これまで相互に協力体制を築いてきました。難民映画祭とJVTAの出会いや、字幕制作の具体的な作業、大学生への字幕制作の指導、これまで字幕翻訳に携わった方々の想いなど日本映像翻訳アカデミーの皆さんにお話を聞きました。

公開日 : 2024-11-21

日本映像翻訳アカデミー(JVTA)の支援が始まったきっかけ

難民映画祭が始まった当時は今よりも上映作品が多く、20本以上のラインナップをそろえ、中には、日本語字幕がついていない作品もありました。実はそこに問題意識をもった大学生のアクションからJVTAとの協力関係が生まれました。

◆日本映像翻訳アカデミー代表 新楽直樹さん

©JVTA

「私が『難民映画祭』の存在を知ったのは、2008年、当スクールの受講生募集セミナーでのことです。参加していた一人の女性にこう声をかけられました。『新楽さんからJVTAは多くの映画祭に字幕翻訳協力をしているというお話がありました。私は今大学生で、東京の国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でインターンをしています。『難民映画祭』をご存知ですか?』。申し訳ないが知らなかったと答えると、彼女はこう続けました。『2006年に始まって今年で3回目を迎えます。世界中から素晴らしい作品が集まるのですが、予算などの事情で日本語字幕を付けられない。字幕なしで上映している作品がたくさんあるのが残念で悔しいです。JVTAと映像翻訳者の方々で字幕をつけてもらえませんか?』。

そう聞いて私は困惑しました。確かにいくつかの映画祭で字幕翻訳を担当していましたが、いずれも有償の仕事として受注しており、無償のプロボノ協力をした例はなかったのです。社員や映像翻訳者の方々はそうした関わり方を理解し、協力してくれるのか。それでも、その学生からの問いかけには向き合わなければいけないと直感しました。当社が掲げるミッションは「言葉の力で豊かな社会づくりに貢献する」です。それが決してお飾りではないことを証明したいと強く思いました。こうしてこのコラボレーションが実現したのです。

『難民映画祭』と当校の絆は、一人の学生のアイデアと行動力から生まれました。その学生の胸の内にはきっと、日本人初の国連難民高等弁務官として難民救済に尽くした緒方貞子さんの<緒方イズム>が継承されていたのでしょう。その後、UNHCRには同じ志を抱く人財が集まっていることを知り、この映画祭に協力することは、当校を修了して映像翻訳者となった方々はもちろん、受講生や当校の社員、そして私自身にも多くの学びがあると確信したのです。」

※その時の詳しい経緯と緒方貞子さんに対する思いを綴ったコラムもご参照ください。
「追悼 緒方貞子さん ~難民支援と映像翻訳~」

日本語字幕が制作されるまで

難民映画祭の上映作品の多くは多言語のドキュメンタリー作品です。基本的に英語字幕のある作品をセレクトし、それを基に日本語字幕の制作をお願いしています。世界各地の作品を選定するため、それぞれの地域で問題の背景や状況は異なります。翻訳者の皆さんはこうしたリサーチを徹底的に行ったうえで字幕作りに取り組むのだそうです。

◆日本映像翻訳アカデミー 翻訳事業推進部 映像翻訳ディレクター 藤田奈緒さん

©JVTA

「映画祭の上映作品のラインナップが決まると、字幕が必要な作品を確認したうえで修了生の中からボランティアを募集します。『難民映画祭に関わりたい』という想いをもって JVTAに入学された方もいるほど、難民問題をはじめとする世界の問題に関心のある参加者が多いのが特徴です。応募者は毎年平均して50名ほどですが、2024年は過去最多でなんと95名もの修了生が手を挙げてくれました。全員に参加してほしい気持ちはありますが、作品数は限られています。トライアルを実施し合格した20名弱の皆さんに参加していただき、2つのチームで2作品の日本語字幕の制作を行いました。1つの作品を10分くらいに分けて各自が翻訳した後、全体の統一を図るため、チーム全員とディレクターでブラッシュアップを繰り返していきます。

映像作品に字幕を付ける際にまず必要なのは、1つひとつの字幕を表示させるタイミングを決めるスポッティングという作業です。字幕制作ソフトに映像を取り込み、映像を見て音声を聞きながら細かくタイミングを取り、『1秒につき4文字』という字数制限の中で字幕を作っていきます。1本の映画の字幕は1000枚を超えることも多く、すべて訳すには少なくとも2週間はかかります。各チームは初稿が上がったら相互チェックを入れ、細かなニュアンスや言葉選びにこだわりながら作品を仕上げます。字幕が出来上がったら国連UNHCR協会の担当者の方が通しで確認。専門的な視点でのチェックバックを反映させて完成です。

私自身は字幕制作ディレクターとして第4回難民映画祭(2009年)から映画祭に関わっています。15年を振り返り一番印象に残っているのは第8回に上映され、第13回でも再上映された『異国に生きる 日本の中のビルマ人』です。日本の作品なので英語字幕とバリアフリー字幕をつけました(バリアフリー字幕をつけたのは難民映画祭で初めてのことでした)。今でこそニュースで難民問題について目にする機会が増えましたが、初回上映された 2012年当時、自分が暮らす日本という国にも難民として暮らす人々がいるのだということを、この作品を通して初めて意識したかもしれません。作品理解を深めるため、翻訳チームと共にこの映画に出演されている方が開いたレストランに実際に足を運んだことが記憶に残っています。」

大学生も参加している字幕制作と「難民映画祭パートナーズ」

明星大学の授業風景  ©JVTA

2015年からスタートした「難民映画祭パートナーズ」は、難民映画祭の趣旨に賛同する学校や企業、団体、自治体などが自主的に上映会を開催する取り組みです。これまでに200を超える法人や団体がパートナーズとして上映会を開催し、2万人以上の方々にご来場いただきました。なかでも青山学院大学と明星大学の学生の皆さんは、JVTAの指導・監修のもと、映画祭での上映作品の字幕制作にも協力してくださっています。


◆日本映像翻訳アカデミー 学校教育部門 桜井徹二さん

©JVTA

「JVTAではこれまでに青山学院大学、明星大学をはじめ、いろいろな学校教育機関からお声がけいただき、学生に映像翻訳を指導してきています。多くの学校が、映像翻訳の背景・前提にある、語学力(英語・日本語)、異文化コミュニケーション、メディアリテラシーなどの力が磨けるという点から映像翻訳に興味を持っていただけているようです。私たちの授業はグループワークが中心なので、学生同士や指導者とのコミュニケーションが活発です。学生は字幕翻訳特有の制限・ルールを知って最初はかなり苦労しますが、アドバイスやディスカッションを繰り返してリライトを重ねるうち、だんだん翻訳の面白さに気づいてくるようです。また、両大学では翻訳した作品の上映会に向けた準備作業までも、授業の中で行っています。上映会の準備・運営はいわば“イベントの制作”なので、翻訳とはまた違った経験ができます。字幕翻訳と上映会運営とを通じて、社会に出ても活用できる幅広い能力が養えるというのが、両校の授業の非常にユニークな特長といえるでしょう。上映会では毎回ゲストの方に上映作品や難民問題にまつわるお話を伺っており、学生にとっても観客の皆さんにとっても貴重な機会になっています。明星大学の上映会では、過去にマラソンのオリンピック金メダリストで国民栄誉賞を受賞している高橋尚子さんやマルチクリエイターのいとうせいこうさんにゲストに来ていただいたのが特に印象に残っています。」

映像翻訳者の方たちの難民映画祭への想い

映画を通して難民問題の現状を知り、1人ひとりの物語を字幕で伝えることができるのは、映像翻訳者ならではの支援のカタチです。これまで字幕翻訳に携わった翻訳者の皆さんにとっても、大切な経験になったというお声を多数いただいています。

◆映像翻訳者  児山亜美さん

©JVTA

2024年上映作品 『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』

難民問題についてもっと理解を深めたいという思いから、映画祭への参加を決めました。ニュースを見て気になっていても、改めて考える機会はなかなかもてません。学びのチャンスと捉えたのがきっかけでした。私が携わった作品では、主人公の人形・アマルが8000キロを歩く旅に出ます。この旅は難民の避難経路をたどるため、まずは地図を見て、位置関係を把握することから始めました。歩いて国境を越え、ボートで海を渡る。背景を知らないと、「なぜそんな危険を冒すのか」と思うほど過酷な道のりです。ただ、翻訳作業を通じ、故郷を追われることの意味を考えるようになると、わずかな希望を信じて歩み続ける人々の思いが見えてきました。一人ひとりが、目には映らない難民の背景を想像する。そのことが難民への理解を深めるうえで重要になるのではないかと考えます。上映会の会場で監督とお会いし、目を見て感謝の言葉を述べていただき、翻訳者として身に余る光栄でした。映画の力を心の底から信じる監督の思いを生で聞き、翻訳者である私もとても刺激を受けました。難民映画祭に関わらせていただいたこの経験は、今後の人生の一つの柱になると思います。

◆映像翻訳者 桐原麻衣さん

©JVTA

2017年上映作品『ソフラ ~夢をキッチンカーにのせて~』
2019年、2020年上映作品『ミッドナイト・トラベラー』


大学生の時カンボジアへ行った際、戦争が終わってもなお続く地雷の被害、そして貧困にあえぐ人々の姿に心を痛めましたが、一方でJICAや財団などが尽力し、現地で学校やインフラの整備に貢献していることを知りました。私も社会貢献をしたいという思いに駆られ、専門スキルを得るために教員免許を取得。教員にはなりませんでしたが、翻訳を通じて難民問題を日本の皆さんにお伝えすることができればと字幕翻訳に参加しました。

翻訳に携わり、「難民は、日本で生活する私たちと変わらない普通の人たちなんだ」と気づきました。私たちと同じように、平穏な生活を送りたいと願っています。国の事情で、不可抗力で、 命の危機にさらされたり、安全な日常が奪われてしまったりしていますが、明るい未来を夢見て懸命に生きています。難民問題は他人事ではありません。みんなが平和に暮らせるようにするにはどうしたらいいのかというテーマが、映画祭に携わった人の心に残ればと思います。字幕翻訳者として映画の背景を調べたり、チームで情報を共有したり、セリフを考えたりするなど作品に深く向き合ったことで、難民問題をより深く自分事として捉える機会として跳ね返ってくるパワーを感じました。心の奥底にずっしりと残る熱い思いが、この映画祭に参加した意義であり勲章かなと思います。

◆日本映像翻訳アカデミー メディア・トランスレーション・センター(MTC)ディレクター 先崎進さん

©JVTA

2013年上映作品『おれたちには、家がない』
2014年上映作品『金の鳥籠』
2015年上映作品『ヤング・シリアン・レンズ』
2016年、2020年上映作品『ソニータ』
2017年、2018年上映作品『アレッポ 最後の男たち』


難民映画祭には翻訳者として5作品、ディレクターとして4作品携わりました。テレビやニュースなどでは報じられない難民の人たちの現状や実際の声を、映像翻訳を通じて日本の視聴者に届けることが自分にできる一番の支援ではないかという思いで参加しました。特に印象に残っている作品は『ソニータ』。歌うことが大好きなアフガン難民の17歳の少女が、児童婚を逃れて、避難先のイラン、故郷アフガニスタンを経て、アメリカに旅立つまでを描いたドキュメンタリー作品です。ユニセフの報告によるとアフガニスタンでは、持参金を目当てに娘を結婚させるという慣習、そうせざるを得ない状況は今なお続いているようです。作品の中に登場する歌に込められたメッセージはもちろん息遣いまでも再現しようと、翻訳者全員が持てる力と技術を総動員して字幕を作り上げました。
「大切なのは 解決しようとする意志。悲観せずに あなた自身がこの問題に立ち向かうの」ソニータを励ます先生の言葉です。
2021年8月ガニ政権が崩壊、タリバンが再びアフガニスタンを掌握しました。私たちは今どこへ向かおうとしているのか、この作品をはじめ、難民映画祭の上映作品を見て考える機会にしていただけると幸いです。


「難民という困難な状況にいる一人ひとりの想いを知ってもらいたい。」、そのためには日本語字幕が不可欠です。翻訳者の皆さんはときに泣きながら作業をすることもあるといいます。また、担当した作品に映っている人たちがその後、どんな生活を送っているのか、とても心配していると話していました。字幕にはそんな翻訳者の皆さんの想いが込められています。難民映画祭の上映作品を見る際はぜひ字幕にも注目してみてください。

日本映像翻訳アカデミー 公式サイト 
難民映画祭パートナーズ



【インタビュー・文:第19回難民映画祭・広報サポーター 池田明子】

 

 
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