第19回難民映画祭・マチェク・ハメラ監督: 映画「永遠の故郷ウクライナを逃れて(原題In the Rearview)」にかける想い

「決断に苦しんだ。映画を製作するのか? 運転に集中するのか? 映画を撮らないと決めたのに、どうやって映画を作ることができるのか? 私は監督なのか、運転手なのか? 無数の質問があった。自問自答を繰り返した。私たちは、本質に集中する必要があった。たどり着いた答えは、車内にとどまり、外での不必要な撮影は行わないことだった」 ――マチェク・ハメラ監督*¹

公開日 : 2024-11-07

*¹ IN THE REARVIEW_Maciek Hamela & Agnieszka Holland Q&Aより(2024年2月公開)


マチェク・ハメラ監督 Photo by Flip Wolski

 

ウクライナとウクライナの人々への愛着

ウクライナの隣国、ポーランドに生まれ育ったマチェク・ハメラ監督。ウクライナの人々への特別な愛着が生まれたのは、2014年2月にウクライナで起きた「マイダン革命」がきっかけだった。「尊厳の革命」とも呼ばれ、ウクライナがロシアと欧州連合のどちらを選択するかが争われた2004年のオレンジ革命に続く革命である。

この革命のさなか、ハメラ監督は、マリウポリを守るべくアゾフ大隊※1の一員となった男性の姿を追うドキュメンタリーを撮影していた。しかし、その男性はロシア軍の捕虜となってしまう。その後数年をかけて、監督は彼の行方を探したが、結局見つけることはできなかった。その過程において、ウクライナの国家的な歴史をより深く知るにつれ、ウクライナとこの国の人々に対する特別な愛着が生まれたのだという。

だからこそ、2022年2月24日、ロシア軍によるウクライナへの全面侵攻が始まった際、ハメラ監督は他人事とは思えず、すぐさま行動に出た。最初の2日間で資金調達を行い、ウクライナの友人たちのために何ができるか、仲間と集まり話し合った。そして3日目、バンを1台購入。ウクライナからの避難を求める人がいるかどうかを自分の目で確認するべく、ウクライナとポーランドの国境へ向かった。「侵攻が開始した当初、(国境には)一晩で170万人の人々が集まっていました」とハメラ監督は話す。

侵攻開始から1週間以内に、さらに2台のバンを購入し、数台のバスも手配した。ハメラ監督も自ら運転し、ウクライナの都市から友人の家族や、ポーランドの活動家団体のテレグラムチャンネルを通じて依頼を受けた人々を国境まで運び届けてはウクライナ国内へ戻り、避難を求める人々をバンに乗せて、再び国境へ向かう日々を過ごした。同時に、国際援助団体との連携のもと、妊娠中の代理母や障がい者などの避難支援も行い始めた。

*² アゾフ大隊は、マイダン革命で状況激化に貢献した軍隊。2014年6月のマリウポリ奪還に貢献し、その後政権に表彰され国軍に格上げされた。

 

「小さな物語」の集まりが、
最後には、一つの「大きな物語」になることを感じてほしい

家族の移送を求める電話は、絶え間なく鳴り続けた。避難の第一波の際、ほとんど一睡もできずにいたハメラ監督は、誰かと交代で運転するべきだと気づいた。それこそが、「In the Rearview」のアイデアが生まれた瞬間だった。日中はカメラマンが車内で撮影を行い、監督が運転する。夜間は役割を交代することで、これまでと変わらず支援活動を続けながら、ロシアに占領された地域から避難するウクライナの人々の体験談や会話を記録に残すことができると考えたのだ。

車内での撮影を行うにあたって、ハメラ監督は計4名のカメラマンと共にルールを作った。まず、事前に電話で撮影のことを伝えておく。乗車してから映画のプロジェクトや自分自身について紹介し、質問の時間を設ける。固定カメラは使わない。撮られたくないと言われたら、直ちにカメラを止める。そして、目的地に到着し、安全が確保された状態で、撮影した映像を使用していいかどうかを本人に決めてもらうというものだ。ちなみに、カメラマンの一人はウクライナ出身で、前述したアゾフ大隊の男性を追ったドキュメンタリー作品でタッグを組んだ同志である。

同じ頃、ウクライナでは西側諸国からの人道支援が迅速に行われており、ボランティアの活動を追う撮影が各地で行われていた。そのため、バンに乗車するウクライナの人々も、「あなたもボランティアとして活動しながら撮影しているのね」とすんなり理解してもらえることが多かったという。

「大半の人は、自分の体験を聞いて欲しいと願っていました。それは私だけではなく、世界に対してです。カメラは、(世界に通じる)窓のようなもの。『テレビで(この映像を)見せてください、ポーランドの人々に見てもらってください。世界の人々は、今、ウクライナの占領地域で起きていることを知る必要があると思います』と言ってくれました」

ハメラ監督が運転するバンに乗ったウクライナの人々は、自分の身に起きたことを振り返る時間を取り、話し始めた。「それはまるで、私の祖母が語ってくれた、ドイツ占領下のポーランドの話のようでした。(車内でウクライナの人々が話してくれた体験は)世に明かされていない、想像を絶する残虐な内容でした」。

この映画は、無数の実体験が一つの物語としてまとめられたような構成が非常に特徴的だが、それには理由がある。

「小さなチャプターや小さな物語の集まりであることを見る人に感じてもらいたかったのです。最後には、それらが一つにまとまって、一つの大きな物語になります。それは、難民になることとは何か、あるいは、自分が難民であると気づく最初の段階とは何か、戦争が日常生活にどのように入り込み、子供たちや妻、夫の生活にどのように影響を与えるかについての物語です。日々の習慣や思い出にも非常に深く関わってくるものです。そして、それがこの映画のテーマです」

ハメラ監督は、かつてフランスのソルボンヌ大学に留学していた頃、ロシア人の観光客向けに2年以上ツアーガイドをしていた経験を持つ。その人たちを乗せたバンを自ら運転しながら、パリや北フランスを案内してまわっていた。「運転しながら人々と会話することについては、当時の経験が役立ちました」と振り返る。本作品の中では、ウクライナ語、ロシア語、ポーランド語と、さまざまな言語が飛び交う。監督によると、同じウクライナの人でも、第一言語は、子供はウクライナ語、高齢者はロシア語であることが多く、相手に合わせて言語を変えてコミュニケーションを図ったそうだ。

 

観客に届けたいのは、
戦争の無慈悲さではなく、人間の物語

ハメラ監督は、ポーランドに戻るたび、ワルシャワに撮影したデータを送り、2022年5月には編集作業に取り掛かった。それから、約1年をかけて完成した作品には2つの強いこだわりがある。その一つは、砲撃を受けた際などの苛酷なシーンはすべてカットすること。それらによって、ウクライナの人々が語ってくれた繊細な物語が埋もれてしまわないようにするためだった。

「観客には、私自身とボランティアとしての私の作品にフォーカスして欲しくありませんでした。届けたいのは、人間の物語です。危険に晒された中で撮影したことを見せる必要はありませんし、それが映画の目的ではないからです」

もう一つは、人々が観賞しやすい長さの映画にすること。当初、3時間にも及んだ尺を84分にまとめ上げたのは、「できるだけ多くの西側諸国の人々に、今なお続くウクライナ侵攻について知ってもらうためであり、ウクライナの人々を支援する必要性を再認識してもらうためでもある」とハメラ監督は話している。

本作品を観賞したある男性からの言葉に考えさせられたと、ハメラ監督は言う。

「その人は、こう話してくれました。私たちは、(ウクライナ侵攻について)テレビで全てを見ていると思っていた。ウクライナとポーランドの国境で車の大渋滞が起き、車の中はウクライナの人々であふれ返り、車のルーフには荷物が山のように積まれている。その様子はニュースで見ていた。だが、その車の中で何が起きているかを、誰も目にしたことはなかった、と。それを聞いた時、この戦争の規模の大きさを知る世間の人々が、避難せざるを得ない状況下でウクライナの人たちが抱いた感情を体感できる機会になるのだと思いました。これら二つの要素が組み合わさることで、ウクライナの人々の身に起きた出来事のスケールと今もこの国で起きている悲劇が伝わるのです。そのことに気づいた時、それは私にとって感動的な瞬間の一つでした」

なお、今年2月にVimeoで公開されたアグニエシュカ・ホランド監督との質疑応答で、ハメラ監督は本作品に登場したウクライナの人々と今も連絡を取り続けており、次回作ではその後の現状についても取り上げていきたいと述べている。

 

 

執筆者: 岸 由利子 (ライター・翻訳者・映像翻訳者)映画監督、音楽プロデューサー、演出家、作家、時計職人、アスリートなど、700名以上に及ぶ国内外のプロフェッショナルをインタビューし、その生き方や仕事を企業のオウンドメディアやWEBマガジン、新聞、雑誌で執筆。出版、ビジネス、実務、歌詞の日英・英日翻訳に加え、2023年から映像翻訳に従事。本作品のチーム翻訳にはサブリーダーとして参画した。

ハメラ監督インタビュー


(インタビュアー)

この映画は、ウクライナで爆撃を受けた地域の人々が西側へ避難する様子を描いています。 撮影することになった経緯を教えてください。

 

(ハメラ監督)

この映画は、ボランティアとして始めた移送活動と並行して制作しました。私はロシアによる軍事侵攻の初日から資金調達に奔走し、3日目に最初のバンを購入しました。そして1週間も経たないうちから、友人やその家族をポーランドへ移送する活動を始めたのです。その後は、より遠くのチェルニヒウ(ウクライナ北部)やハルキウ(ウクライナ東部)まで車を走らせ、ドンバスやザポリッジャ(ウクライナ南東部の早い時期からロシア軍の攻撃を受けた街)へも向かいました。最初は映画のためではなく、ただ移送のためだけに運転していたのですが、1人では夜間の運転が大変だったので、友人に手伝ってもらうことにしました。そこから撮影を始めたのです。(2022年)3月末のことです。

 

かなり長距離の運転でしたので、支援者を探すのは大変でした。友人は何度か同行してくれたのですが、しばらくして辞めることになり、また別の人を探して、最終的には4人の支援者を見つけることができました。

 

(インタビュアー)

映像が、車内に後ろ向きに設置されたドライブレコーダーで撮影したような、まるで肖像画や絵画を見ているような画ですね。同乗者たちは深く考え込んだり、かなりプライベートなことまで話したりします。撮影されていることを忘れているようにも見えます。そんな彼らとの会話の中に、実に心動かされるものがありました。

 

あるシーンでは妊娠中の女性が、代理母だと話し始めます。彼女のおなかには誰かの赤ちゃんがいて、少しのん気な感じで、「お腹に赤ちゃんがいるのに、これから一体どうしよう?」と言いますよね。彼女の実の子どもも後部座席に座っています。とにかく、こうした会話が続いていきます。

 

映像はカメラマンが撮影したのですか?それとも車内にドライブレコーダーを取り付けたのですか?

 

(ハメラ監督)

とても重要な点を聞いてくれました。ドライブレコーダーのように見えるかもしれませんが、実は違います。カメラを固定してしまうと車内の人々は監視されているように感じてしまうでしょう。私たちは、非常にもろく不安定な状況にいる人たちを、どんな形であれ、閉じ込めてしまうことは絶対に避けねばなりませんでしたし、強制もしたくありませんでした。

 

撮影は徹底的にモラルを守った上で行いました。カメラがあることを伝えてから撮影を開始し、撮影されるのが嫌な時は、いつでもそう伝えてもらうようにしました。また、被害を受けた地域にはたくさんの兵士がいて撮影も困難でしたので、カメラをすぐに隠せることも重要でした。

 

(インタビュアー)

ウクライナには、至るところに検問所があり、神経を尖らせた兵士たちがいますよね。映画の中には見せていない、もっと危険な場面にも遭遇したのでは?

 

(ハメラ監督)

そうですね。撮影中は多くの危険に遭遇しました。でもこの映画ではそういった場面にはほとんど触れていません。私たちがトラブルに見舞われた部分や、砲撃を受けたシーンなどはカットしました。この映画にとって、それは必要ではありませんでした。私のボランティア活動や、遭遇した危険な状況に焦点が当たることは避けたかったのです。伝えたいのは人々の物語であって、そこにフォーカスしたかったのです。

 

現在、ウクライナでは多くの撮影が行われています。ウクライナの兵士たちが戦っている場面がGoPro(高画質なアクションカメラ)で撮影されていて、彼らの勇敢な姿や恐ろしく危険な状況を撮った映画がこれから多く発表されるでしょう。私はそのような作品と、この作品の撮影がいかに危険だったかを比べたり強調したりしたくはありませんでした。そういったことはこの映画の狙いではありません。もちろん、いくつかの検問所を撮影する際には危険もありましたが、撮影方法は心得ていました。

 

(インタビュアー)

とてもバランスの取れた映画だと思いました。友人たちにこの映画について説明すると、人々の内に秘めた思いを映した、ともすると窮屈なもの、のような感じを与えてしまいそうになります。登場人物は皆極めてショッキングな状況におかれていて、文字通り、未知の世界に足を踏み入れていく家族と一緒に、ひとつの電話ボックスに閉じ込められたようなものですから。彼らは故郷を離れることを余儀なくされたばかりの人たちです。その窮屈な状況と広大な風景、そして破壊された町の景色とのバランスが良い映画だと思います。また砲撃の様子を一切見せないからこそ、登場人物との親密さを感じられるものになっているのでしょうね。

 

例えば、ある場面で猫を連れた女性が後部座席に座っています。猫はおしっこがしたいのですよね。微笑ましいシーンです。そして、車内が臭くなるから車を停めてほしいと頼みます。その後、彼女は父がドネツク(ウクライナ東部のロシア系の住民が多い地域)に行かなければならなかった話を始めます。指を切断しなければならなかったと。爆撃を受けたばかりの建物に入ろうとしたからでしたね。マリウポリ(ウクライナ南東部の激戦地となった街)での話でした。彼女の父はすでに亡くなっていた母の遺体を焼けた建物の中から運び出そうとして、指に火傷を負ってしまったのでしたね。彼女がいきなりこう説明したのが恐ろしいと感じました。おしっこをしたい猫の話の直後にですよ。とてもリアルなことだと実感しました。  

 

60年代のイタリアのネオレアリズモ(※1)をまったく別の次元に引き上げたようで、とてもパワフルな映画だと思います。

 

(※1)ネオレアリズモ:第二次世界大戦末期から大戦後にかけてイタリアで生まれた新しい傾向の映画で、世界各国に新鮮な衝撃を与えた。現実を凝視するカメラが特長となっており、素人俳優の採用やロケーション撮影によるドキュメンタリー的要素が強い画期的な手法で、テーマは社会的なものが多く、強いヒューマニズムで訴えた。(コトバンク:日本大百科全書(ニッポニカ))

https://kotobank.jp/word/%E3%81%AD%E3%81%8A%E3%82%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%9A%E3%82%82-3162680#goog_rewarded

 

(ハメラ監督)

砲撃や避難がいかに困難だったのかについては既に多くの情報があるでしょう。撮影した映像を最初に編集してみたところ3時間分の映像となってしまい、これをどう短くしたら良いのか分かりませんでした。しかし、これは私の個人的な芸術的野心のためのものではありません。ウクライナの戦争映画が観たい人だけでなく、西ヨーロッパの一般の人たちにも見てもらえる長さにしたかったのです。その短い時間の中では、人々の物語と、私たちのボランティアネットワークがどのようにして作られたかという物語を同時に語ることは不可能でしたし、ボランティア活動について語ることが大切だとも思いませんでした。そのようにしてしまうと観客は私のことに集中してしまいますから。このように考えた上で、私自身は映っても後ろからだけとし、本当に必要なところ以外はどんどんカットしました。この点は、成功したと思います。

 

フランスの有名な映画ジャーナリストが、この作品をとても気に入ってくれて、インタビューでこう聞いてきたのです。「まず、登場人物のキャスティングやドライバーの人選をどのように行ったのか教えてください」と。これを聞いた時、私たちの狙いは達成できたと思いました。

 

(インタビュアー)

ハメラ監督はロシア語とウクライナ語が話せるので、乗った人々と自然な形で会話をしながら彼らの話をうながすことができ、それがまた素晴らしかったですね。暗闇の中で男の子の顔が映り、まるでカラヴァッジョ(※2)の肖像画を見ているようなシーンが映し出されます。男の子が何を考えているのか視聴者には伝わってきます。そしてその子は少しためらっている様子を見せながらも、突然「ばあちゃんが大好き」と言います。最も心が動かされる場面です。戦争で根こそぎ破壊された国の状況について知りたいと思う方には、これ以上の映画はないでしょう。

 

(※2)カラヴァッジョ:イタリアが誇る大芸術家の1人で、バロック美術勃興の原動力となったカラヴァッジョ(1571-1610)。カラヴァッジョは、暗がりの中の人物を単一光源で劇的に照らしだすテネブリズムというスタイルの先駆者、との記述を確認。

https://artnewsjapan.com/preview/article/2183(参照:アートニュースジャパン)

 

(ハメラ監督)

初回上映の時にいただいた感想で感慨深かったのは、「テレビでこの戦争が繰り広げられるのを見ていたし、車の上に荷物を満載した車や大勢の人たちがポーランドとの国境に殺到している映像は見た。でも、車の中で何が起こっているのかは見たことがなかった」という言葉です。この映画を観ることで、観客は車の外と中の2つの視点から戦争を見ることができるようになるのです。この映画で、ウクライナの人々の気持ちや、彼らを取り巻く状況を知れば、不幸にも、この瞬間にも繰り広げられている悲劇的ドラマの壮大さを理解することができるのです。それに気づいた時は、私自身も感無量な思いでした。

 

(インタビュアー)

スケールの大きさについて出ましたが、まさにそのとおりです。映画の中で車に乗り込むと、大規模なスケールで起こっている事態をつぶさに見ることができます。エンドロールの直前に、「1500万人以上が故郷との別れを強いられている」と字幕が表示されます。これはウクライナの人口の3分の1に当たる数です。私にも、故郷を捨てざるを得なくなった友人がいますし、私たち自身も国の東側を捨てざるを得なくなりました。そしてそれを監督が深くまで映し出してくれたのです。ハメラ監督、本当にありがとうございました。ウクライナで何が起きているのか、攻撃の状況や死者の数だけでなく、もっと深く理解したい人にとって、この映画は必見です。

 

※上記はインタビューを全訳後まとめたものです。


第19回難民映画祭

様々な方法で難民をサポートすることができます!

※当協会は認定NPO法人ですので、ご寄付は寄付金控除(税制上の優遇措置)の対象となります。

X

このウェブサイトではサイトの利便性の向上を目的にクッキーを使用します。詳細はプライバシーポリシーをご覧ください。

サイトを閲覧いただく際には、クッキーの使用に同意いただく必要があります。

同意する