第19回難民映画祭:難民支援はあなたの生活につながる【ライムスター宇多丸さんインタビュー】
日本のヒップホップグループ「RHYMESTER(ライムスター)」のメンバーで、TBSラジオ『アフター6ジャンクション 2』のパーソナリティを務める宇多丸さんは、難民映画祭に賛同し、毎年メッセージを寄せてくださっています。 宇多丸さんが難民に思いを寄せ、ラジオでも頻繁に発信するのはなぜなのでしょうか。この度インタビューが実現し、今年の映画祭で上映するドキュメンタリー6作品の中から、1作を選んでもらい、作品の魅力を語っていただきました。また、難民支援をする理由や、世界情勢への思いをお聞きしました。
公開日 : 2024-11-07
多文化共生の実践 「孤立からつながりへ〜ローズマリーの流儀~」
ーー宇多丸さんが今年の難民映画祭のラインナップから選んだのは「孤立からつながりへ〜ローズマリーの流儀~」。オーストラリアを舞台に、自らもケニアからの難民であるローズマリーさんが、孤立しがちな移民・難民の女性たちを大らかな人柄とバイタリティでつなげ、居場所となるコミュニティを作っていく姿が描かれます。本作の感想をお聞かせいただけますか。
そもそもオーストラリアに関しては、ある時期からはっきり移民・難民に門戸を広げ、多文化主義を実践していると現地に住んでいる知人から聞いて、興味を持っていたんですよね。たとえば、英語の習熟度に合わせた段階的な受け入れ態勢が、すごく整っているみたいで。ひるがえって日本ではまだ、たとえば外国からきた子どもたちそれぞれの日本語の習得度合いや文化的特性を考慮する仕組みがあまり整っていないため、不就学やドロップアウトにもつながったりしやすいようで、それは早急に手を打たないといけないことですよね。もちろん日本とは国の成り立ちも違いますし、そのまま取り入れられるものでもないでしょうが、学ぶべきところは間違いなくあると思います。
一方で、今回「孤立からつながりへ〜ローズマリーの流儀~」をみると、オーストラリアで暮らす移民・難民も、日本の同じような立場の人たちと比べればまだ安定した生活ができている様子ではありましたが、それぞれ孤立していたり、難民だけが固まって暮らし、「オージー」と呼ばれるオーストラリア生まれの人々とは交流がなかったり、という現実があることを知りました。
つらい経験をポジティブな行動に ローズマリーさんの人間的魅力
ーーその分断をつなげていくのが、映画の主人公であるローズマリーさんでしたね。多文化交流調整官として警察署で働き、文化の違いからくる行き違いを調整し、コミュニティ間の交流を促進していましたが、彼女の活動をみてどう思われましたか。
スーパーマンが一気に問題を解決するのではなく、ローズマリーさんという普通の女性が状況を改善していくのがいいなと思いましたね。もちろん、ただごとでないバイタリティと人間的魅力をお持ちの方ではあるんですけど。自身がつらい経験をしたから人の気持ちがわかると言っていましたが、むしろ苦しみから心を閉ざしてしまうことだってありうるわけだから、やはりすごい人ですよね。自分の知見をポジティブな行動に繋げられる、それこそ「知性の正しい使い方」だと思うし、この作品のように、そういう人をこそ偉人としてしっかり讃えてゆくのも、世界にとって大事なことだと思います。
孤立していた女性たちが、ローズマリーさんに道で声をかけられるとか、ピクニックに誘われるとか、そういった小さな親切を受けて、「信じることを知った」と感激している様子に、こちらもグッと来てしまいますよね。最後には”親切が勝つ”というか、それこそがやっぱり人間が生きてゆくに当たっての真実、現実なんだと、彼女たち自身が証明してみせてくれているように感じます。
ーー印象に残っているシーンはありますか。
ローズマリーさんたち、何かっていうと踊っていますよね(笑)。女性が人前で騒がない文化圏など、みなさん本来は様々なバックグラウンドをお持ちなんでしょうけど、やはり一様に解放された表情をされている。あとは、会ったときにはわーっと抱き合ったり、とにかくハッピーな勢いがあっていいなと思いました。
一方で、男性があまり出てこないことが気になりました。異国の地でつらい境遇の中、心の中の最後の砦として、「男らしさ」という旧来的なプライドの壁が逆に高まってしまう、みたいな感じは僕もちょっと想像がつきますし、作中の女性たちのようにゆるやかにつながり合い助け合うようなコミュニティを形成することが、なかなかできないような面があるのかもしれません。彼らが社会への疎外感を抱えたままでいるのだとしたら、それはそれでなんとかしないといけないことですよね。
難民になってもまた笑顔になれる
ーー宇多丸さんにとってどのような映画でしたか。
多文化共生の「可能性」をみせてくれる映画だと思います。本作では、女性たちの過酷な人生が語られる場面はあるものの、出てくるのは基本的に善い人たちばかりで、意図的にポジティブな面しか描かれていないわけですが、このように理想や建前を掲げることも、それはそれで絶対に必要です。また、オーストラリアという国の、風土としての豊かさやおおらかさもすごく感じましたね。今の日本で、あんな風に赤の他人たちをもてなす余裕がある人がどれだけいるかと考えると……。逆に、映画では描かれない排他的な考えの人たちも間違いなくたくさんいるんでしょうから、そちらの現状ももっと知りたいと思いました。
なんにしても、難民を扱った映画で、こういうポジティブな可能性をみせてくれる作品って、仕方ないことだけどまだ珍しいですからね。難民になるって、それこそ人生もう終わりだと思っちゃってもおかしくない状況なわけですけど、見知らぬ土地でまた笑顔になれることもきっとあるよ!と信じさせてくれる、重要な作品だと思います。
どうしたら共に生きられるのか
かたや、日本で移民・難民の受け入れをやろうとしたときに、どれだけできるだろうかとも考えてしまいました。日本にこの度量があるのかどうか……。オーストラリアがうらやましくもなりますが、学べることもあると思います。
現に日本でも、残念ながら外国人の方々に対する排外主義、ヘイト言説が目立ち始めていますよね。もちろん、まず反射的に異文化・異民族への恐怖や反発が生まれてしまうというのはどこの国のどの時代でもあったことではあるでしょうが、いいかげん人類はそういう動物的段階を克服して、他者同士が共に生きられる世界を構築してゆかないと、全員共倒れで終わるだけだろうとも思うんですよね。一方で、たとえば旧世代の日本人の一部に染みついた差別意識のようなものは、若い賢い世代には、もうほとんど残っていないようにも感じる。それは、音楽が素敵だとか料理がおいしいとか、そういう人的交流や文化的交流が、ヘイトなエネルギーを余裕で凌駕した結果でもあると思うし、そこに極めて現実的な希望も感じます。
世界の底が抜けた。ダブルスタンダードな現実
ーー紛争や迫害などで故郷を追われた人々は1億2000万人(世界人口の69人にひとり)と、第二次世界大戦後、最多となっています。パレスチナ、ウクライナ、レバノンなど、戦争や紛争が日常となっている現在の世界情勢について、日々どのように感じていますか。
特にパレスチナでのイスラエルの蛮行をいまだに国際社会が止められないでいることには、正直、世界の底が抜けてしまったような感覚をおぼえます。21世紀初頭、恥ずべき時代になってしまったなと……。たとえばホロコーストを扱った映画を観て、このようなことは二度と繰り返されてはならないと強く思ったなら、パレスチナの人々に対する現状の大規模な虐殺を見過ごすこともまた、決してできないはずだと思うのですが、今のところ我々は、歴史から何も学んでいないも同然、というザマになってしまっている。もちろんこれは、過去70年以上も、パレスチナに対するイスラエルの違法行為を国際社会が結果的に許してしまってきた、歪みを放置してきたことの、必然的な結果でもあるわけですけど。
現状は、ウクライナに侵攻したロシアが非難される一方で、イスラエルの蛮行はなんなら支持さえするという欧米の姿勢に、日本も基本、追随しているわけで……。これまで普遍的な価値とされてきた、人々の生きる権利が守られず、要は結局、欧米中心のただのダブルスタンダードだった、ということがあからさまになってしまっている。あげく、他の中東諸国にも見境のない攻撃を仕掛けて……。この時代にこんなことをアリにしてしまったら、人類は滅びますよ、本当に。
根源的な歪みの直視が必要になっている
2001年のアメリカ同時多発テロの際も、もちろん無差別な暴力が非難されるべきなのは言うまでもないことですが、なぜアメリカがそこまで恨まれるのかを、世界はもっとしっかり掘り下げるべきだったんだろうと思います。要は、現在進行形の虐殺や爆撃を止めて終わりではなく、大元の歪みを直視しないとダメなんじゃないかと。
そんな中、日本は、先日ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のように、とは言いませんが、人命人道を重視するスタンスで国際的尊敬を集める道を探れないものか、とも思ったりもします。「ケンカが強い国」に憧れても、歴史的に我々はだいたい道を誤りますし、どだい無理ですよ(笑)。それより、「頭が良くて優しい国」を目指すほうが絶対いいのにな……。なんにせよ有権者として、日本の政治家に問いかけていくことも大事かなと思います。
難民支援をする理由。無関心はいずれ跳ね返ってくる
ーー難民映画祭をはじめ、国連UNHCR協会の様々な活動にもご協力いただいています。宇多丸さんにとって難民支援とはどのようなものでしょうか。
世界情勢などというのは実は常に不安定なもので、いつどの国のどの人が難民になっても、本当はおかしくないんですよね。日本にももちろん難民申請者がいますし、一般の国民だって、たとえば2011年の原発事故や度重なる地震によって、突然住むところを奪われたまま、というような人たちも、ホントはたくさんいるわけですよ。東北や能登だって、政治家は口では復興復興言うけども、実際にやってることはオリンピックに万博なわけで……。
そういう中で、たとえば外国人と自国民の間に線を引き、こちらの人権は尊重するがこちらはしない、というように、言ってみれば命の選別を平然とおこなって恥じないような体制は、いずれ必ずその線引きをどんどん為政者側に都合よく狭めてゆき、自国民をも平気で圧迫し、切り捨てるようになる。より大きな言い方をすれば、普遍的な人権を軽視するような世界は、いずれあなたの人権をも軽視する世界に、必ずなる。だから、いま生きている人の、いま起きている不利益についていちいちしっかり対処できる社会にしておくことは、我々自身のためでもあるんですよ。
もちろん、現状の生活が大変で、赤の他人を心配する余裕などない、というのもわかります。でも、それこそまさに、さっき言った「線引き」がどんどん我々国民側に広がってきた結果じゃないか、とも思うんです。要は「誰であれ、困っている人がいるのはよくない」という基本的な理念が尊重されている国にちゃんとしてゆけるかどうかは、我々国民にとっても非常に重要な話だし、それは特に難民などの問題に対するスタンスにも、間違いなく如実に現れるものなんじゃないか、ということですね。
絶望している場合ではない。私たちにできること
ーー昨今の世界情勢に無力感を感じている人も多いと思います。一人ひとりにできることはあると思いますか。
一番手軽なところでは、やはり寄付を通じた支援というものがあります。お金が直接的に役立つというのはもちろんのこと、そこに寄付が集まっていること自体が、「あなた方のことを大事に思っている人間が世界中にこれだけいるよ」というメッセージにもなる。
あるいは、個々の政治家に難民支援についてどう思うかと問いかけてゆくことも、人権意識へのリトマス試験紙というか、有権者からのプレッシャーとして、意味があると思います。また、今や多くのみなさんはSNSなど自ら発信できるメディアをすでに持っているのだから、そこでご自分の意見を伝えることもできるはずですよね。もちろん、デモに参加するなどして、こういう考えの人がこれだけいる、というのを世に知らしめてゆくのも、当然ですが有効ですし。しかも、大前提として、幸いにも今のところはそういう活動が、暴力的に弾圧されるような状況でもないわけですから。ぜんぜん無力じゃない。
僕は、「絶望」という言葉は、自分からはなるべく使いたくないと思っているんですよね。被害当事者でもないのに、勝手に「絶望」する権利などあるのか?と思うから。理不尽な環境の只中にいる当人たちには今のところ何もできなくても、外側にいる我々はまだ、毎日ごはんを食べてあったかい布団で寝られているし、さしあたってそこまでの言論弾圧も受けてない。まだぜんぜん、本当はあらゆることができる立場なわけですよ。もちろん何事も一気に解決はできない、どころか気の遠くなるような道のりを乗り越えてゆかなければならないにしても、とは言え安全圏にいる側が最初から「絶望」なんてしてみせるのは、ただの甘ったれた言い訳でしかないんじゃないかと思うんですよね。どうせこの時代に生きるしかないんだから、その中で各々が、やれることを精一杯やればいいだけなんじゃないですかね。
欺瞞的な平和ではなく、本当の平和を
ーー今年の難民映画祭のキャッチコピーは「世界を想う、平和を問う」です。宇多丸さんの考える「平和」についてお聞かせください。
劇映画の例で恐縮ですけど、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(アレックス・ガーランド監督 2024年)の中盤に出てくる、周囲の戦争状態に対して見て見ぬフリをしているだけの静かな街や、『関心領域』(ジョナサン・グレイザー監督 2023年)の、アウシュビッツ強制収容所の隣で普通の暮らしを営んでいる主人公一家は、確かに表面上「平和」ではありますけど、それは明らかに途轍もなく危うい欺瞞の上に成り立っていて、実はいつ破綻してもおかしくない歪みを、静かに蓄積し続けてもいる。これまで我々が享受してきた「平和」も、おおむねそのようなものだったわけです。しかし、たとえばイスラエルが現在の大規模攻撃をいずれ止めたとして、それだけで「平和」が訪れたと言えるのか? 繰り返しになりますが、人道や人権に恣意的な線引きが行われているうちは、やはり本当の平和とは言えないのではないかと思いますね。
宇多丸さんから映画祭への参加を迷っている人たちへ
これまで僕も含めた多くの日本人にとって、難民問題というのは、憂慮すべきことだとは理解しつつも、あくまで「遠い国で起こっている他人事の悲劇」だったところが、正直あったと思います。しかし実際には、さっき言ったように日本でも難民申請をしている人たちはすでにたくさんいらっしゃいますし、どんどん少子高齢化が進むなか、移民の方々を国としてどう受け入れてゆくか、いいかげん真正面から考えなければならない時代に、とうに入ってきてもいる。そんな中で、難民映画祭のドキュメンタリーたちは、どうやって他者と共存してゆくべきか、弱者の目から世界はどう見えているかなどなど、我々にとって重要なヒントをいくつも与えてくれるはずです。僕自身、観るたびに多くのことを学ばせていただいてますし、何よりどの作品も、面白い! どれを選んでも損はないと思いますので(笑)、食わず嫌いせずにぜひまずは一本でも、ご覧になっていただきたいと思います。
第19回難民映画祭は、2024年11月7日〜30日まで開催中
宇多丸
1969年東京都生まれ。ラッパー、ラジオパーソナリティ。
ヒップホップ・グループ「RHYMESTER(ライムスター)」のラッパー、またTBSラジオで月曜日から木曜日の22時から生放送されているワイド番組『アフター6ジャンクション 2』を担当するラジオパーソナリティ。
【インタビュー・文】河原有希子(第19回難民映画祭 広報サポーター)


